著者: 石井 大智

なぜ今、ヒューマノイドロボットが注目されているのか

特集
2025年08月26日1分
ロボティクス

2025年は、ヒューマノイドロボットが長年の研究開発段階を終え、実証実験から初期の商業展開へと移行する重要な年と位置づけられています。かつて研究室のデモンストレーションに留まっていた人型ロボットが、今や物流倉庫や自動車工場といった現実世界の舞台で、限定的ながらも着実に導入され始めています。この変化は、単一の技術的進歩によるものではなく、人工知知能(AI)の進化、製造コストの削減、そして世界的な労働力不足という複数の要因が重なり、導入を後押ししています。ヒューマノイドロボットは、経済や社会に大きな影響を与える可能性のある技術として、その実用化が進んでいます。

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画像提供: Andrey_Popov / Shutterstock

AIの飛躍的進化はロボットに何をもたらした?

近年のヒューマノイドロボットの能力向上を牽引している要因は、AI技術の進展にあります。特に、大規模行動モデル(LBM)やロボティクスに特化した基盤モデルの活用が進み、ロボットの知能を大きく変えつつあります。NVIDIAの「Project GR00T」に代表されるように、膨大なデータからロボット自身が学習し、行動を決定するデータ駆動型のアプローチへと移行したのです。これにより、ロボットは人間の自然言語による指示を理解し、特定のタスクを実行する能力を獲得しましたが、複雑で長期的なタスクの完全な自律遂行はまだ研究段階にあります。

このソフトウェアの進化は、ハードウェアの革新と並行して進んでいます。Boston Dynamics社の新型「電動Atlas」は、3Dプリントされたチタンやアルミニウムの構造部材を採用し、高い運動性能を実現しています。ただし、その自由度(DoF)は公式には発表されていません(旧油圧式は28自由度でした)。また、Sanctuary AI社は従来比50倍の応答速度を持つサーボバルブを搭載した油圧式ハンドを開発するなど、各社が性能向上を競っています。しかし、これらの主張は自社発表に基づくものが多く、客観的な検証が待たれる段階です。センサー技術も進化していますが、「人間レベルの認識能力」といった表現は現時点では過度な表現と言えるでしょう。これらの技術の融合が、単なる理論上の可能性を現実の能力へと着実に高めています。その一例として、北京ハーフマラソンでは6体のヒューマノイドロボットがコースを完走し、管理された環境外での持続的な稼働能力を示しました。

活発化する開発競争:米中企業の戦略

ヒューマノイドロボットの実用化が見えてきたことで、その覇権を巡る国際的な開発競争が活発化しています。特に、米国と中国の企業がそれぞれ開発競争を進めています。

西側諸国では、Tesla社の「Optimus」プログラムが注目を集めています。イーロン・マスクCEOは「2025年に数千体を自社工場で稼働させる」という目標を語り、将来的には「自動車より安い2万ドルから3万ドルで提供する」との見通しを示していますが、これらの計画の具体的な達成時期や量産規模はまだ確定していません。一方、Figure AI社はOpenAIとの提携を終了し、自社開発AIへの注力を表明しました。BMWの工場で行われた実証実験では「作業速度400%、成功率7倍」という対比指標が報告されました(とはいえ比較条件の詳細は限定的にしか公開されていませんが)。実際の商業展開で先行するのはAgility Robotics社で、物流大手GXOと業界初となる複数年のRaaS(Robot-as-a-Service)契約を締結し、商用配備を開始しました。Amazonも同社のロボット「Digit」のテストを行っています。研究開発で知られるBoston Dynamics社は、全電動式の新型「Atlas」を発表し、親会社である現代自動車グループが「数万台規模のロボットを購入する計画」を表明するなど、本格的な商業化への移行を進めています。

これに対し、中国は政府の強力な支援を背景に、国家戦略としてヒューマノイドロボット産業を推進しています。工業情報化部は「2025年までに産業体系の初期形成、2027年までに主要任務での定着」という指針を示しています。UBTECH Robotics社はNIOなどの自動車工場で実証実験を行い、自律型バッテリー交換機能を発表しました。Unitree Robotics社は、エントリーモデルとして公称5,900ドルの「R1」を投入し、価格面で市場に影響を与えています。中国企業はサプライチェーンにおいて高いシェアを占め、特許出願数でも優位な傾向が見られます。また、政府系ファンドによる資金的支援も、その競争力を高める一因となっています。

投資が急増

技術的な実現可能性と商業的な需要が明確になるにつれ、ヒューマノイドロボット分野への投資は活発化しています。2025年には年間30億ドル規模に倍増するとの見込みもあり、Figure AI社の企業価値がわずか1年で急騰したことは、投資家たちの高い期待を示しています。NVIDIA、Amazon、Google、Microsoftといった巨大テック企業の参入は、これが単なる投機ではなく、次世代プラットフォームへの戦略的投資であることを示唆しています。

具体的な生産性向上の実績による期待の膨らみも投資の活発化の一因です。前述のBMWとFigure AIの提携はその一例です。最も説得力のあるデータはAmazonから提供されており、同社はロボティクスを導入した拠点において、記録可能な労働災害の発生率が15%、休業を伴う災害の発生率が18%低下したと公式に発表しています(2022年データ)。これは、生産性だけでなく安全性向上にも貢献することを示しています。ロボットの運用コストや製造コストに関する様々な試算が出されていますが、多くは長期的な推計であり、現時点での確定値ではありません。人間の労働コストとの同等性(パリティ)達成時期も、用途や国、導入規模によって大きく異なると考えられます。それでも、大規模導入が経済的に合理的な選択肢となりつつあると見られています。

予測される強いニーズ

技術と経済合理性が整ったとしても、それを必要とする強力なニーズがなければ、市場は本格的に立ち上がりません。現在、ヒューマノイドロボットは、先進国が共通して直面する深刻な構造的課題に対する、解決策の一つとして期待されています。例えば、米国の製造業では2030年までに最大で約210万人の人手不足が見込まれており、この状況が自動化への需要を生み出しています。

雇用の喪失を懸念する声もありますが、Amazonの事例は、単純な代替ではなく「雇用の変革」が起きる可能性を示唆しています。ロボットが反復的で危険な作業を担う一方で、人間はより専門的で付加価値の高い役割を担うようになり、新たな職種が創出されています。この市場の変化を示す一例が、金融大手ゴールドマン・サックスによる市場予測の大幅な上方修正です。彼らは2024年の報告で、2035年までの市場規模予測を従来の60億ドルから380億ドルへと6倍に引き上げました。これは、市場が根本的な変革期に入ったことを示すデータと言えるでしょう。

2025年は、ヒューマノイドロボットが本格的な普及に向けた重要な段階に入った年です。先進的な顧客企業での限定的な商業運用が始まり、中期的に工場や物流が中心的な市場となります。サービス分野での実証も加速し、家庭用への普及は長期的な射程に入ってきました。今後、その主導権は、技術、サプライチェーン、資本調達、そして安全規制といった要素を巡る総合的な競争によって決まっていくでしょう。